『学問のすゝめ』(H15.11月号)

『学問のすゝめ』

 

早いもので今年もあと2ヶ月を残すところとなりました。一日一日のスピードの速いこと。あっという間に一日が終わってしまう。やらなければならないことが何もできずに一日が終わってしまいます。一日があと5時間ぐらいあるといいなといつも思います。

さて、みなさんは福沢諭吉の「学問のすゝめ」はよくご存じのことと思います。明治時代の大ベストセラー書で歴史の教科書にも出てくる有名な書物です。しかし、この本を読んだことのある方は意外と少ないのではないでしょうか。

明治5年に初版が出て、明治13年に17編までがまとめられて一冊の本になったものですが、明治維新後の当時の日本にとっては大変タイムリーな内容の啓蒙書でした。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という有名な言葉はみなさんよくご存じのことと思います。しかし、福沢諭吉が本当に言いたかったことはこのあとにあります。

「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と云えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資(と)り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめたまうの趣意なり」

「天は誰もが幸せに生きられるように天分を与えています。生まれたときはみんな平等であって、上下の差別はありません」と言っています。「天分を与え、上下差別なく、幸せに生きられるように人間というものをこの世に送り出した。それが天の意志だ」と。ところがこのあとこういっています。「されども広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、愚かなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるのは何ぞや」

先に言ったことが天意ではあるけれども実際の世の中を見てみると、賢い人、愚かな人、貧しい人、富める人、人物として尊い人、人間とは思えないような下人もある、というわけです。天意は人間を皆幸せにしようと、それぞれの天分を与えているにもかかわらず、なぜそういう矛盾が起きるのか。そして続けて「その次第甚だ明らかなり」、「ひと学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり。されば賢人と愚人の区別は学ぶと学ばざるとによりて出来るものなり」。等しく天分が与えられているのに、能力を磨かずに「あれができない、これができない」と言い訳や愚痴、不平不満を言いながら生きる人がある。そのように人間が千差万別に分かれてしまうのは、ひとえに「学ぶと学ばざるとにより出来るものなり」。すなわち、不幸の根元はすべて勉強しているかしないかに尽きると言っています。だから勉強しなさいと福沢諭吉は言っているのです。

当時の日本は明治維新後、列強諸外国に負けないよう国力を高めるためいろいろな一大改革が行われていました。現代日本が発展する大きな基盤がこの当時できたと言っても過言ではないと思います。この『学問のすゝめ』は明治時代に大ベストセラーになります。日本の発展を支えたものはやはり当時の日本人の勤勉さであったことは間違いありません。「無知は人生に壁をつくる」といいます。知らず知らずのうちに人生の壁を乗り越えられずにいる自分。その壁は自分の無知によるものなのです。そしてそれに気づかず、人のせいにしてしまってはいないでしょうか。

この『学問のすゝめ』は今読み返してみると多少偏った表現はあるにせよ、その大意は大変示唆に富み現代の私たちが生きてゆくにとってすばらしい内容のものです。もし読まれていないのでしたら是非ご一読されることをおすすめします。



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