子曰く、君子は周(あまねう)して比(ひ)せず小人は、比して周せず(H15.10月号)

子曰く、

君子は周(あまねう)して比(ひ)せず、

小人は比して周せず

 

朝夕の風が冷たく感じられる今日この頃です。めっきり秋らしいさわやかな季節になりました。早いものでもう10月、今年もあと3ヶ月を残すのみとなりました。入試の日が少しずつ近づいてきています。受験生諸君、一日一日を大切に、一歩ずつ目標に向かって進んで行きましょう。

近頃の世相というのは一体どうしたことだろう・・・そう思われることはありませんか?毎日毎日、日本のどこかで殺人事件や強盗、通り魔など驚くような事件がマスコミで報道されます。聞くところによると10年ほど前から犯罪の発生件数が急激に伸びているそうです。人の命がこれほどまでにたやすく奪われてしまうというのは普通ではない、そんな風にみなさんも思われているのではないでしょうか。また、一方お金に関する犯罪や政治家の汚職も後を絶ちません。一体日本はこれからどうなって行くのでしょうか。

先日、東京のある塾の見学に行って来ました。いつもそうなんですが、空港では必ず本屋に立ち寄るようにしています。というのも空港の本屋さんというのは、町の本屋と違って品数も限られているせいか、けっこうおもしろい本が並んでいるからなんです。そこで「孔子 論語の読み方(渋沢栄一)」という本を見つけました。渋沢栄一という名に惹かれて早速買って飛行機の中で読んでいました。その中にこの冒頭の言葉がありました。

「周」というのは「あまねくゆきわたる」ということ、「比」とはこの場合「同等にならぶ」という意味。これを現代語に訳しますと「君子は普遍的な愛と誠実で広い視野で物事を見、私心なく対処してゆく。一方小人は自分の利益のために一部の仲間とだけ組んでその利益を求めてゆく。利益に害のあるものは憎み善悪の判断ができない。」というようなもの。今の日本の様子というのはまさにこの小人の集まりのような気がします。人間関係というのがお互いが自分の利益の上に成り立っている。自分にとって利益があるからその関係は成り立っている。利益がなくなってしまったらもう成り立たなくなってしまう。関係がなくなるどころか排除してしまおうとする。仕事の関係ならまだしも、友人関係、ひいては親子関係、兄弟関係までもがそういうふうになってしまっているのでしょうか。もしそうであればこれは恐ろしいことです。

マスコミを賑わせているいろいろな出来事は世の中の象徴であるような気がします。

その事件だけが特別にそうなのではなく、今の私たちのある部分を増幅させて映し出しているような気がするのです。そうであるならば、今の子どもたちもその要素はあるわけで、子どもたちの人間関係や、子どもたちを取り巻くこの辺の世の中、そして私たちの身近もきっとそうであろうと思うのです。

戦後の日本、現代の日本を作り上げた戦後教育、はたまた新しく入ってきた、表現は古いが西洋文明といわれるもの。学校で習ってきた事というのはいったい何だったのか。資本主義、自由主義の名の下に利益を上げることが至上命題となり、効率一辺倒の企業経営。利益が上がれば上がるほど自然も破壊されてゆくという矛盾。

2500年もの間、絶えることなく語り継がれてきたこの孔子の言葉、またお釈迦様の教えなど、そこにはどんなに世の中が進歩・発展しようとも変わらない大きな真理があるように思います。策略や手法、ノウハウ、マニュアルといった小手先の小細工ではない、永遠普遍の真理。遠く長い道ではあるけれども迷うことがない。現代の資本主義の論理や学問の枠を越えてとても新鮮に感じるのです。



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