心で生きる(H15.1月号)

心で生きる

 

新年あけましておめでとうございます。

一年の計は元旦にあり・・

とばかりに毎年、その年の目標を考えてはいるのだが、いつの間にか立ち消えになってしまう。日々の忙しさのために、休みがあればついついぐうたらをしてしまう。やらねばならぬ事を先送りしてしまう。本当に大切なことに時間を割かずに目先のことに紛れてしまっている。毎度の事ながら反省ばかりの2002年でした。

なかなか世の中というものは自分の思い通りに行かないもの。どういう物差しで色々なことに対処していったらいいものやら、なかなかその判断が難しい。その判断の基準が見えてこないのである。人と人で成り立つこの世だから、突然思いも寄らないことが起こる。その時どのような選択をするのか、その選択によってその後の状況が変わってくる。

学校というところは勉強は教えてくれてもその判断の基準までは教えてくれなかった。それは自分で学び取るものなのかもしれないが、これがそんじょそこらの入試問題より難しいときた。人生のことにしても、人間関係のことにしてもとても基本的なことなんだけれども全く分からない。しかし、教えてもらえるときは聞く耳を持たず、教えてほしいときにはもう誰もいないというのが世の常というもの。

世の中の出来事や身の回りのことを見てみると、本当に色々なことがある。なんでこんなに毎日色々なことが起こるのだろう。みんなみんな私と同じような思いで毎日を過ごしているのだろうか?しかし、冷静にまわりを見回してみると現実というのは人の思いが形となって現れていることに気づく。ひょっとすると世の中や身の回りで起こっていることは、みーんな人の心や思いが形となって現れているのではないだろうか。実は人の心のありようがこの現実を作り出しているようである。

物事がうまく行かないとき、もっとスムーズに行く術はないものだろうかといつも思ってきた。なんでこんなでこぼこ道を歩まねばならないのだろうといつも思ってきた。すると去年はどうしたことだろう。その時、「あなたの思いとあなたを取り巻くすべての人の思いが複雑に絡み合って、それが形となってあなたのまわりに現れているんだよ。」とどこからともなくそんな声が聞こえてくるではないか。来たー、久しぶりの天の声!なーるほど、すべては心だったんだ。人の思いがこの世を作っていたのか・・・、うーん、ということはすべての中心は思いを発する心だったのではないか。心のありようが現実を作っているというのであれば、この心を整えて自分と同じくらいみんなの心を大切にすることができればすべては解決するのではないか・・・。判断の基準はそこにあったのか・・と遅まきながら、別に私は宗教家でも何でもないのですが、なんとなく分かったような分からないような、それでもって自分では妙に納得してしまったそんな年の瀬だったのです。

「よーし今年こそ、新しい年にするぞー!」と誓う新年なのです。



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